凄く考えさせられることがある。
会社は会社のコンプライアンスを守ろうとするほど
ある部分では強くなるが、ある部分では弱くなる。
つまり、会社と個人の分離が進んでいく。
さらに個人は強い人間と弱い人間に分かれていく。
どんどん能力主義になり。
さらに能力のある人間は個人として動き始める。
いわゆるシャドーワークだ。
例えば、こんな話を聞いた。
いま、ある企業で勤務時間外での名刺交換を禁じている。
すると、シャドウワークとして動き出した有能な人達は
会社の名刺を駆使していたが、今後は下記となるだろう。
個人として動き始め、個人名刺を作成し駆使し始める。
個人名刺には個人携帯電話番号が書いてあり。
全ての仕事と人間関係が個人に紐づき始める。
そして個人として仕事を進めていき個人として大きなネットワークを作っていく。
こうなれば、個人がその法人にいる必要はなくなり。
(資本が必要などの意味でのみ必要なのかもしれません。)
そして、法人自体の意味が無くなっていく。
法人自身が法人自身を守ろうとすればするほど、法人は死んでいくのかもしれない。
また、こんな例もある。
安い人件費にしようと、マニュアル化し、誰でもすぐに使えるようにすると
良いのはよく言われる。
しかし、マニュアル化するのは誰なの?
それは凄い能力が要るのではないのか?
その人はどうするの?
つまり、マニュアルやフローを作れる人の時代になるのではないか?
売れる方法を考えられる人、売れるニーズを見つけられる人、仕組みを作れる人
この人達の時代になっている。
そんな意味で個人の時代であり、能力の時代だ?
会社を守ろうと出来たコンプライアンスを徹底することにより、
実は会社やその根本の資本主義は崩れて行くのかもしれない。
知識主義時代であり、個人能力主義時代である。
資本が知識に負けていく変革の時なのかもしれない。
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