岡本太郎は大阪万博の就任会見でこう言っている。
ここに一部の部分だけだけど、私なりの解釈を書こうと思う。
はじめに、私はこの万博のテーマには反対である
「人類の進歩と調和」なんてクソ食らえだ!
人類は進歩なんかしていない!
確かに宇宙へ行く科学技術は発達したが、
肝心の宇宙を感じる精神が失われているじゃないか。
それに調和といったって、日本の常識でいえば、
お互いが譲り合うということだろう。
少しずつ自分を殺して
譲り合うことで馴れ合うだけの調和なんて卑しい!「万博のプロデューサーを引き受けた理由はなんですか?」
危険だからだ。
人間は生きる 瞬間、瞬間で、自分の進んでいく道を選ぶ。
そのとき、私はいつだって、まずいと判断する方、
危険な方に賭けることにしている。
極端な言い方をすれば、
己を滅びに導く というより、自分を死に直面させる方向、
黒い道を選ぶということだ。
無難な道を選ぶくらいなら、
私は 生きる死を選ぶ──
それが、私の生き方のスジだ。
この中で特にお気に入りはもちろん”黒い道を選ぶということだ”という点だ。
しかし、この続きの ”無難な道を選ぶくらいなら、私は生きる死を選ぶ”
の解釈がなんとなくはわかるのだが、難しかった。
”生きる死を選ぶ” とは、どんな意味だろうか。
無難な道を選ぶならと言っているので、苦しい方向であることは確かだと思う。
ということは、生きているけど、実際は自分の人生を生きていない。
ただ生物として生きているだけの”生”ではなく。
生命を輝かしている方向であると考えられる。
ということは、結論として。
生きる死ぬの生物的な ”死” を選ぶということになる。
つまり、無難な道を行くくらいなら
生命として生物として死んだほうがましだと言っていることになるのではないだろうか。
いつ死ぬかわからない黒い道をワクワクしながら生命を燃やし生きたほうが良いと思っているのだ。
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