もし、地球の裏側に住んでいる人が肉親だとする。
その肉親と会うことは非常に難しい。
もちろん、それは時間や費用を考えてだ。
すると、この人とは会うことはできない。
この会うことのできないという意味では
それは既に亡くなった人も同じといえるのではないだろうか。

この論法をさらに進めると、自分が思い出せなくなる人は死んだ人と同じであるともいえるのではないかと考えた。
つまり、思い出すことができれば、それは地球の裏側の実際に生きている人より、自分が思い出せるということは
実は亡くなっていたのしても、生きているといえるのではないと考えた。

つまり、こんな順番で「自分の中で生きている」といえるのではないだろうか。

生きている、近い、会える、思い出せる
生きている、遠い、会えない、思い出せる
死んでいる、遠い?、会えない、思い出せる
生きている、近い、会える、思い出せない
生きている、遠い、会えない、思い出せない
死んでいる、遠い?、会えない、思い出せない

こう考えると思い出せるとは、同じ宇宙に生きていること
思い出せないとは違う宇宙に行ってしまったということだ。
違う宇宙に住んでいる人間は、死んだ人間よりも遠い存在だ。

そして、死んだとしても人が思い出せは
生きている人より、生きているといえるのだと考えた。
それはお盆の死者が返ってくると考えた日本人の発想と同じでは無いかと少し思った。

だから、思い出す。
だから、忘れ去る。

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