• シャンプーとリンスと家庭用洗剤を家では使いまっせん。
    温泉に行っても使わないことにしてます。

    これを六か月やってどうなったかというと(笑)
    別に臭くもないですし、フケが出るわけでもありません。
    お皿が汚いわけでもありません。

    まず、お風呂で石鹸とシャンプーとリンスを使わないのでシンプルです。(笑) 
    不思議と垢が出なくなりました(笑)
    気のせいかな・・・
    そして、腕がアトピーっぽく荒れていたのが治ってきた。
    これはありがたい。

    そして、身体も臭くもないし、特になにも困らない。
    今まで何だったんだろうか・・・
    習慣にさせられて、何も疑わなくなっていた。
    つまり、思考停止していた。(笑)

    次に、台所用の洗剤も当家にはありません。
    手編みの毛糸でスポンジにしてお皿を洗ってますが
    これで何の問題もありません。
    油モノも問題なく洗えて環境にも良いです。

    結論として、界面活性剤を使っているのはなぜ?
    簡単だから?習慣だから? 
    江戸時代にはなかったと思うんだけど
    これは、いるのかいらないのか
    各自で考えてもらいたい。

  • たまにお客様ですぐに対応しろとか、上司ですぐに対応しろと
    直ぐに対応するのは素晴らしいことだという人がいるが
    それは違う。

    直ぐにするためには、時間を空けておかねばならない。
    つまり、即対応するにはいつも時間を空けておく必要がある。
    その突然に備えて何もしないのが正解になる。

    つまり、すぐに対応しろというお客や上司は
    お前は自分のいった仕事すらするな!
    と言っている事になる。(笑)

    なんて馬鹿なことを言っているのだろう・・・
    正しくは「優先順位を出来るだけ早くできないか」ですね。

  • 人間万事塞翁が馬の意味をさらに深く考えると
    不幸は幸福に変化し、幸福が不幸に変化するように見えているが
    実際には幸福も不幸も観測する人によって変わって見えるということかもしれない。
    なにに対して、どんな時間単位で、幸福とするか不幸とするかは
    個人によって違う、ゆえに同じ現象を幸福ととらえることも不幸ととらえることもできる。
    こう考えると、幸福も不幸も実態がない。
    人間は幸福を求めて生きているかもしれないが、実際には幸福も不幸も存在しない。
    それはその人の思い込みに過ぎないということだ。

    なら、どうすればいいのか・・・・

    こう考えていると、急に「人間は愛と意思のドラマ」と言った芳村思風先生の言葉を思い出す。
    愛と意思のドラマか・・・

    幸福も不幸も自分が自分に求めるのではなく。他者から貰うモノでもなく。
    自分が他者に無償で与えることが本当の幸福な愛と意思のドラマのかもしれない。

  • 自分のショートメッセージから変なSMSが出ていたので、調べるとMcafeeだった。
    SIMカード追跡を指定すると、このSMSを発信するらしい。
    なるほどなぁ。
    +1-925-353-9035へ暗号文のような文字を送っているね。

    McAfee Mobile Securityインストール後の国際SMS送信について

  • モノは必要であったり、これを買うと幸せになれると思い買う。
    この椅子があれば幸せな団欒ができるとか、この家があると幸せな生活がおくれるとか思うわけだ。
    でも、それを買うために必死で働いて、残業して残業して、結局はそれを使わずに捨てたりする。

    ここで理解すべきは、モノは決して幸せを運んでくれない。
    モノは幸せの本質とは関係ない。
    しかし、資本主義なので、無限に生産しモノを買わせることで経済が成り立つシステムである。
    モノ=幸せ の構図にしないと社会システムが崩壊する。

    いくらモノを買っても実際には幸せにはならない。モノの購入は麻薬のようなものかもしれない。
    むしろ如何にモノを買わないかが、まやかしではない本当の幸せにつながっている気がする。
    マザーテレサはサリーを2枚とサリーを洗うバケツを一つ持っているだけだという。
    しかし、それでこの世の誰以上に幸せだったろうと思う。

    ミニマリストになる必要はないが、使ってないものをどんどん捨てると
    それとともに思いや念も消えて心がすっきりする。
    これをどうしようあれをどうしようとか考える必要がなくなる。
    すると単純化され、すっきりした心で物事を見る事ができる。
    心が軽くなる。
    心が軽くなると、少しのことで幸せを感じることができるようになる。
    幸せを感じやすくなる。

    物を捨てやすい都市に引っ越すのもよい。
    おすすめは高槻市だ(笑) 
    長岡京市だダメな町だった。家にゴミがたまりやすい。

    私の目指すのは、トランク一つでイタリアに引っ越しできるまでモノをなくすこと。
    これを今年から10年程度PDCAを繰り返して続けていこうと思う。

    ちなみに私の家の中は3年前と比べてすっきりした。
    おかげで人生が楽しい。

  • 去年は仕事を辞めて1月に石垣島に行って、3月にハワイに行って、5月に沖縄に行って、8月に黒部立山アルペンルートに行きました。
    そして、8月終わりから仕事について、東京や高山や関西周辺をうろうろしました。

    今年は7月にイタリアに行くと決めましたので、場所を決めて、航空券を手配して、ホテルを手配して行きたいと思います。
    今の計画ではタオルミーナで海水浴して、パリとロンドンでも寄って帰ろうかと思っております。

    仕事はいつも通り、だれでも出来るように工夫していくこと
    そして、本質を探し出して必要な策を打つ。

    これって毎年のことかな。あとはみんなが健康であるように
    無理なことはしないは、これもいつも通りだ。

    結局はいつも通りのことをするだけのことで、逆にそれ以外のことはできませんし
    やろうとも思ってない。

  • 仕事で何が会社を混乱させるのか、いろいろと考え続けてきた。
    そして、いろいろな会社を見る中で、わかったことはこれだ。
    どの順序で、何を考えて、何を実施したのか、それを記録する事だ。
    それは課題管理表とWBSだ。これを顧客ごとに、PJ毎に、事業年度ごとに
    誰が見てもわかるようにしておけば、会社は絶対に混乱しない。
    混乱している会社は、この点がいい加減になっている会社だ。

    この10年で、いろんな組織を見たけが
    これですべて解決する。

    ちなみに、もう一つある。
    管理表の管理だ。
    管理表は必ず一人が管理して、揺らぎをなくさねばならない。
    文字の列には文字、数字の列には数字
    備考は基本的に作らない。
    そして、期間を決めて見直すことだ。

  • ZenFone3を買ってしまったらやるしかないのがDSDSだ。
    あ~楽しい。
    昔のドッチーモみたいに、2回線に対応するのだ。
    ドッチーモは携帯電話とPHSのどっちーもだっただけ。
    今回は4G(LTE)と3Gのドッチーモだ。

    まだタイプAのSIM(つまりAUのインフラを使ったモバイルネットワークのSIM)は到着してないけど
    到着したら電波アンテナマークがが2本立つのだ。
    本当はIIJではなく、K-op当たりのAuを使ったSIMと
    IIJmioのDocoomoネットワークを使ったSIMの
    両方を使うと冗長性という意味では完璧だけど。

    それ以上にスマートフォンに冗長性がないので
    そこまでしても意味がない気もする。
    バッテリーの持ちと落として壊れるリスクのほうが
    IIJが障害を起こす確率より大きい気がするからだ。

    しかし、電波の拾い方とか・・・興味が尽きないね。

    ちなみにタイプAのSIMを使うとVoLTEで通話できる(音質が良い)のだけど、逆にタイプAのSIMは3Gでは通話できない。
    ZenFone3は4G+4Gはなく、4G+3GなのでLTEでデータを流すメインのSIMはタイプDからタイプAにするしかないのだ。
    そこでIIJmioの複数枚SIMを利用する場合は同一プラン内のタイプAとタイプD間でデータ量を分け合える仕様を利用して
    データ通信料(3G 900円)に電話の700円を2回線運用すると格安で2回線持てるのだ!!

    ちなみにSkypeに2つ電話番号をもち、050+に電話番号もち、モバチョで会社からもらった050からの転送を使うので
    電話番号がこのスマートフォンに6個あることになる。なんじゃそれ!!

  • 笠地蔵のお話の本当のラストはこうだと思う。(笑)

    おじいさんはお地蔵さんに笠をつけてあげて、そのお礼として良い年を迎えられるようにいろいろな贈り物を受け取った。

    それを聞きつけた、別のお地蔵さんが(笑)
    なんで俺には笠がもらえないのかと、おじいさんを恨んでおじいさんにクレームをほうりこんだ。(笑)

    おじいさんは一部のお地蔵さんだけに、特別対応をしたことを反省し
    これからは、良いことをしたという自己満足を捨てて、特別対応をしないことを
    心に誓った。

    これが笠地蔵の本当の結果だ。(笑)
    ということで、特別対応も過ぎたるは及ばざるがごとし!

  • 本日、53歳になって書き残しておこうと思うことは
    50代は無くすための導入期だと思う。

    10代は、意味が分からないで自分を見つけようと必死な時
    20代は、とりあえず出来た自分をなんとかしようと我武者羅に動く時
    30代は、仕事も覚えて、なんでもできて無敵で万能に思える時
    40代は、人に自分が作ったものを渡していく譲渡する時
    50代は、これから先の人生のために徐々に無くすを理解する時

    50代は、なんでも出来る大人になれているはず。
    そして、子供も離れて自分を見つめる時間もある。
    これから先の死のためにも、どんどん「物」を無くして
    「人」や「事」を大切にする。
    残りの人生の一分一秒が大切になってくる。

    そうそう、私の高校の恩師が年賀状で書いていた。
    ポイントはこれだと、今更わかる・・・・

    何をするかではなく!何をしないかだ!