• 一番やりたくないことは、嘘をつくこと
    そして、紛らわしいことを言う事だ。

    そんなめんどくさいことは一番したくない。
    一度嘘を言うと、いろんなことが整合しなくなる。
    そんなめんどくさいことはしたくないし
    それで誰かにとやかく言われるもの気に入らない。

    だから、私が一番したくないことは、嘘をつくことだ。

    まっすぐに自信をもって生きるには嘘をつかないことだ。
    嘘をついてまで、出世したいとか金持ちになりたいとか
    全く思わない。

    甘いと思われるかもしれないけど。
    それが自分なので、それでいいのだ。

    だって死ぬときに、あ~嘘ばっかりで
    親友もできなかったとか
    信じあえるパートナーも居なかったとか
    そんな人生はいくら金があっても嫌だからね。

    うまいこと生きる???
    あほらし、そんな事はしない!

  • 11月は当社では、サービスマネジメントシステム(SMS)の内部監査を定期的に実施している。
    これで3回目の内部監査だ。そこで、今回は内部監査員を増やすべく机上の研修、試験そして内部監査への参加をしてもらう事にした。これにより内部監査員が現在の人数の倍まで増えた。
    人数で言うと合計15名程度だろうか。

    なぜこんなことをしているのか?

    内部監査でもっとも大切なことをSMSを守っていないポイントを暴く?ことではない。
    もちろん、それも必要だけど、大切なことの一つは他の部署の良い点を見つけて、それを
    自分の部署にも取り入れる事でもある。

    さらにもっと言うと、SMS自体を自分の生きた知識にするために内部監査を通じて
    SMSの本質に触れていき、社員一人一人がSMSを深く理解し
    SMSが仕事そのものだと心の底から理解していくことだと思う。

    今回も内部監査を通じて、SMSの本質に気が付いた内部監査員が
    多く出たのではないかと思う。SMS管理責任者である私への質問などは
    SMSマニュアルにもない。本当のSMSの本質を質問してくる内部監査員(社員)の皆さんに
    もしかしたら、私よりもこの規格の本質に気が付いているのではないかと驚かされる。

    ゆえに!当社のSMS(ISO20000)は他のSMS認証を受けている会社とは明らかに違います。

    形だけのSMSでも
    マーク取得のためだけのSMSでも
    トップダウンで仕方なくとっているSMSでもありません!

    本当に業務を改善しているSMSであり。
    仕事とサービスマネジメントシステムが一体化している。
    効率的で、失敗の少ない、そんなシステムに変化しつつある。
    私には、そう思えるのです。

  • 引越してからノートPCを使っていて、デスクトップを使ってなかった。
    やっと、設定して使う。
    なんと、うんともすんとも動かない。
    なんだろうと、困っていたが、たまたま横からあけてマザーボードを見ているとボタン電池がある。
    あ!マザーボードには通電しているので一度CMOSをクリアしてみるかと
    ボタン電池を取り、電源ボタンを連打して、再度にボタン電池を入れてみた。
    復旧!

    しかし、BIOSが初期化されているので
    DドライブのOSであるWinodws7が動き出した。
    設定を変更してCドライブのSSDからブートに変更して
    Winodws8.1が動いてめでたしめでたし!

    CMOSのクリアとは初めてした。

  • 責任とは、こう書いている。

    責任とは。「元々は何かに対して応答すること、応答する状態を意味しており」と書いている。
    だから責任とは、応答するための自由裁量があるということだ。
    つまり、自由であるということが責任の裏返しになる。
    選択に自由がないなら、それは責任はないという事になる。
    責任があるから、自由があり。
    自由があるから責任がある。

    選択する自由がないのに、責任などはないのだ。
    逆に言うと選択をしたなら、責任があるのだ。

    私は会社運営は周りに放任的だと思われているかもしれないけど
    逆なんだ。自由にするなら、もちろん責任をもって応対し失敗も成功も
    自己責任でお願いしたいということだ。

    だって、一人でできないことを知っているから
    責任を分散して、もちろん責任の範囲で自由にお願いする。
    責任の範囲を超えたら、その上の責任を持った人が対応する。
    その際には部下の自由は制限される。それが当たり前だと思っている。

    自分で自由に選択して、責任を他人に転嫁する奴は俺は友とも人間とも思わない。
    自由に選択して決断して、そのことに対して自分から責任をもって物事に応答しろ。

  • 高校生の時だったか、ある生徒が俺の文具を取って黒板の方にふざけてあるいていった。もちろん授業中だ。突然の大声で激怒した私に教室が騒然とした。教師もびっくりした。「ぶざけるな、それをかえせ」と喧嘩になった。周りに止められたが、私が怒ったところを見るとは誰も思ってなかったようだ。怒らないキャラクターだと思われていたようだ。しかし、突然の授業中での激怒、私の机の周りニメートルは誰も座らなくなった。(笑) 良いんだ、俺はそもそも誰にでも好かれようとは思っていない。学校では、ほんの一部の友人以外は、ほとんどの人疎まれていた。そんなことを急に思い出した。好かれる?嫌われる?そんな事はどうでもいい。我が道を行くのみ。他人と俺の行く道は違うんだから。

  • 景気ってやんやねん!

    景気が良いとか悪いとかで、誰もが一喜一憂する。
    15年前くらいかな?
    塾をやっているときに神戸大学の経済だったか経営だったかの院生に聞いた。
    突き詰めて言うと、金を使ってもええと希望を持つことだということになったと思う。
    つまり、景気が良くなるとは未来に希望を持った状態に国民をすること。

    未来に希望を持たない国は、暗くて面白くなくてしんどい。
    だから、未来に希望をもって、生活をしていかねばならない。

    希望って、なにか良いことが起こる気がする事
    なにか良い変化の兆しが見える事

    だから、政治には演出が大切なんだと思う。
    未来への希望を演出する。
    これは政治にも経営にも大切なことだと思う。

    そうしないと、人はあっという間に枯れてしまう。

  • 私はできるだけ何事もオープンにしたいと思っている。
    なぜそうなのかを少し説明しておこう。

    簡単に言うと、無駄なコストを省きたいのだ。

    では、無駄なコストとは何か?

    顧客が当社に聞きたいことがあるが気持ち的に聞きにくい。
    部下が上司に聞きたいのだけど、上司がよくわからないので聞きにくい。
    アライアンスパートナーの会社が、この会社とどう付き合っていいのか
    誰がキーマンでどうすればいいのかがわからないので、なかなかアライアンスが進まない。

    これはすべてその会社の中身や人が良くわからないから起こることだ。
    そのよくわからないことに対してコストがかかっているのだ。

    だから、私ははっきり言う。私はこんな人で、こういうことが好きで
    こういうことが嫌いです。私はこういう事がない限り怒ったりしません。

    これをすべて相手に対して示せば、無駄な左ジャブで距離を測る必要もない。
    その人を知るためにいろいろな計測をする必要もない。

    だから、コストが下がる。時間も短くなる。

    というわけで、ブログもFacebookも書いているとは
    さすがにだれも気が付いてないだろう。(笑

    コスト削減とか言って
    いろいろやるけど

    一番のコスト削減は!!
    自分の心の壁を低くすることだと私は思うね。

  • このところ、じっと観察していると
    仕事の根本は国語能力だとわかる。
    英語でも、数学でもない。
    すべては国語能力
    その中でも、会話し理解する能力する力だ
    それは、話すだけの能力ではない。
    話を聞いて、理解して、言い直して、理解を深める
    これをきちんとできるかできないかで、その人の力がわかる。

    そのほかの小手先の力をアップしてもダメだ。

    まずは国語力のみだ。
    言っていることがわからなければ、そりゃどうしようもないし
    話したことが理解できないなら、これもまたどうしようもない。

  • 例えば大好きな人がいるとする。見た目が? 性格が? 態度が? さて、何が好きなんだろうか?
    そうかんがえると、好きになるにも本当に見た目だけ、表面だけが好きになっても
    それって、中身と外は違うから、結局はさようならになるよね?
    じゃあ、どうすれば本当に好きな人にであえるかって考えると
    その人に出会えるように感性を磨かなければ、その人とは出会えない。

    人ではなくて、物であっても、それは同じ気がする。

    つまりだ。簡単に見た目が良くて好きになるとかもあるだろう。
    でも、それは本当に好きってことじゃないのだと思う。

    もっともっと深く好きになり、もっともっと深く愛せるには
    本当にそれを理解できる深い考察と深い経験が熟成した心が必要なのではないだろうか。
    それには、それに出会ったときに感じる強い想いを持ってなければ維持できないと思う。

    強い思いを維持するには、感動する事をなんどもなんども繰り返さねければいけない。
    それは苦しいことの連続だと思う。精神的な苦しいことを繰り返して
    感動をたくさん経験して、そして感性が熟成していくのだと思う。
    その上でやっと心が育ち、本物に出会えることができるのだと思う。
    本当に大好きな人に出会ったり。本当にすごい宝に出会ったりするのだ。

    そう考えると、宝って自分自身の感動することができる心ってことになるね。

    なるほどなぁ。じゃあ、だれでも宝を得ることができるということだ。
    貧乏でも、金持ちでも、世界中の誰でもが平等に人生の宝を手に入れることが出るとは
    神様もしゃれたことをしてくれているね。

  • やっと、そこそこ引っ越しの準備が終わった。段ボール箱三十箱と洗濯機と冷蔵庫とガスコンロと電子レンジとオーブントースター炊飯器と湯沸し器と机と椅子とデスクトップバソコンとディスプレイとテレビと和室向けの机と親父が無理矢理くれた乗らないだろう自転車くらいかな? あと同量程度のゴミが出た!明日から新生活!といっても場所が変わるだけのんですけどね。ゴミを捨ててスッキリした!